留学体験記 01

留学体験記

●ドイツでの医師免許取得まで 心臓血管外科医を目指す医師のなかには学生や研修医の頃から海外留学を計画している人も多いと思います。 私がドイツ留学を決意したのは埼玉医科大学と交友関係のあるルール大学ボーフムのTenderich教授の来日の際にドイツ留学のお話をいただいたのがきっかけでした。 ドイツで臨床を行なう資格を得るためにはドイツ語の検定試験に合格する必要があります。2011年にドイツへ渡り、Goethe Instituteというドイツ語学校へ入学しました.その間はゲスト医師として病院を訪れ、人工心臓の植え込みなどの手術に入ることができました。

しかしゲスト医師としてでは手術に入ることはできても執刀まではさせてもらえないので、ドイツ語検定試験B2に合格するまでは必死に勉強する日々を送りました。そんな折、世界屈指の心臓外科医であるジャーマンハートセンター・ミュンヘンの心臓外科教授Lange先生に面会する機会を得ることができました。ジャーマンハートセンター・ミュンヘンは年間3,000例以上の手術を行なう施設で、それまで私が日本で経験したことのなかった低侵襲小開胸手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery:MICS)や経カテーテル大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Implantation : TAVI)を多く行なっている施設でした。世界の心臓血管外科をリードするこの施設で最新の心臓外科治療を学び,技術身につけたいと申し出たところ、Lange先生はこころよく承諾してくださいました。渡独して8カ月後、ついにGoethe Zertifikat B2の試験に合格しバイエルン州に医師免許の申請を提出しました。

●ジャーマンハートセンター・ミュンヘンでの経験 ジャーマンハートセンター・ミュンヘンへの就職が決まり、世界屈指の心臓センターに日本からの最初の留学者として赴任することに期待は大きく膨らんでいました。 朝は7時15分からのカンファレンスで始まります。語学試験に合格したとはいえ、はじめのうちは画像などを見ながらようやく理解できる程度でした.手術室はハイブリッド手術室と小児心臓手術室を含めて5ルームあり、開心術は1日に7例から13例行なわれ、通常は1日2~3例の手術に入ります。手術中は言葉が不自由でも手を動かしていれば仕事になるのですが、問題は手術以外の仕事でした。担当の手術患者のプレゼンテーションをするために、辞書を引きながら診療録を読み,発表のための原稿を準備して臨みましたが、自分のドイツ語を理解してもらえているかとても不安でした。朝のプレゼンテーション、上司からの指示、同僚との会話、間違いのないように仕事をこなすことに、不安と緊張の毎日を送りました.手術前の消毒から、患者移送までどんな小さな仕事も手を抜かずに行なっているうちに周囲から認められ、手術室ナースや麻酔科医からも、気持ちよく仕事ができると言ってもらえました。特に私がドイツで学びたかったMICSの際にはいつも助手に入れてもらえたので、何度か助手を務めるうちに手術はとてもテンポよく進むようになり、執刀医の先生からよい評価を得られたことでLange先生からも周囲のスタッフからも徐々に信頼を得られるようになりました。 そして赴任後1カ月目から執刀の許可を得ました.ドイツでの1例目の開心術は大動脈弁置換術(Aortic Valve Replacement: AVR)でした。手術室のナースはとても手際が良く、助手の先生をはじめ、麻酔科医、人工心肺の技師の協力によりスムーズに手術を終えることができました。念願のドイツでの開心術の執刀はどんなに緊張することかと想像していましたが、いざその場に立ってみると肝が据わるのか平常心で行なうことができました。 その頃から夜間と休日のオンコール当番も始まりました。緊急手術では執刀医とオンコール医師の2人で行なうので、時には術者を苛立たせたりしてしまい、落ち込むこともありました。それでも週に1~3件の手術を執刀させてもらえるようになり、慣れてくると患者への手術説明も自分で行なえるようになりました。こうしてCABG、弁形成術、大動脈基部置換術、そして目標であったMICS大動脈弁置換術、MICS僧房弁形成術までを執刀することができ、1年間で500例以上の心臓手術に参加し学ぶことができました。

ドイツではオン・オフがはっきりしていたので仕事以外の時間を自由に使うことができました.夜間の術後患者の管理は完全に当直医の責任で行なわれることになっており、日本の流れで手術が終わって遅くまで病院にいると、明日も手術があるのだから早く帰るようにと急かされたりもしました。 夜は家でくつろいだり、時には同僚と食事やビアガーデンへ行ったりする時間が十分にあり、頭も体も疲れを残さずに翌日の仕事に臨めるのでとても効率よく仕事を行うことができました。休暇は年に6週間とることができるので休みを利用してドイツ国内外に旅行することもできました。 留学を考えはじめた頃は、症例数や執刀の機会、最先端の技術などを重視していました。しかし、実際に留学で得られた最も大切なものは。上司や仲間からの信頼や友情だったように思います。ドイツでの手術経験はすばらしかったし。術中に教わったことは今でもひとつひとつ細かく覚えています。また。ドイツは女性が活躍しやすい国で、医師はもちろん警察官、電車やバスの運転手など日本では男性の割合が高い職業につく女性が多く、外科医としてはとても働きやすい国だと思います。 留学はいいと経験者は必ず言いますが、経験してみてその意味がようやくわかりました.留学には越えなければ見えないものが確かにあるのだと思います。 このような得難い機会を与えてもらえたことに心から感謝しています。